大人になり年を重ねていくことは、世の中の中心は自分ではないこと、欲しくても手に入れられないものがあると思い知り、あきらめること。だけど、ほんとうに好きなことなら、長く続けて人が何といおうとあきらめないこと、なんだと思うようになった。私がロンドンに住んで、美術学校に通うことになったのも、あきらめて、あきらめなかったから実現したのだ。あきらめたのは、結婚生活。それにともなう子供や動物のいる家庭への夢、近所のデザイン専門学校へ通い、勉強して彼のデザイン会社にイラストレーター兼デザイナーとして雇ってもらうこと、落ち着いて住める家と安定した収入。あきらめたくはなかったけど、主婦失格で母親になる資格もなし、かつデザインの才能もなし、とオール落第のハンコをポーンと押されたからには、仕方がない。私って、そんなにだめな人間だったのか。もう奈落の底。しかし、同時にすごいことも発見した。落第に近づけば近づくほど強迫観念のように執着していた一連のことには、きれいさっぱり執着する必要がなくなったのだ。
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